膜性中隔

はじめに

小児心臓血管外科の最初の執刀症例は、PDA division、PA banding、そして I 型(perimembranous)VSDであることが多いと思います。そして、その次に必ず訪れる最初の大きなハードルが、
「膜性中隔部のVSD閉鎖」です。

実際の手術場で上級医から、「ところで膜性中隔って何?」と問われたとき、スムーズに答えられるかどうかは、安全な手術操作に直結します。手術室での空気も大幅にかわります。

だからこそ、膜性中隔をしっかり理解しておくことが、
小児心臓外科の入り口として非常に重要と感じています。


1.膜性中隔とは(定義)|Wilcox Surgical Anatomy 参照

膜性中隔(membranous septum)は、心房と心室の境界(AV junction)に存在する線維性の小領域であり、 ここを AV node → His 束が“絶縁状態で”貫通する唯一の通路であるため、 心臓解剖における最重要ポイントの一つです。

“The membranous septum is divided into an atrioventricular and an interventricular component by the hinge of the septal leaflet of the tricuspid valve.”(Wilcox Chapter 6)

膜性中隔は三尖弁中隔尖によって以下の2つに分けられます:

  • AV membranous septum(上部):Triangle of Koch の apex を形成
  • IV membranous septum(下部):His 束が貫通し、perimembranous VSD の後下縁となる

2.膜性中隔はどこにある?(立体解剖)

膜性中隔の立体的位置関係は次の通りです。

  • 心房中隔と心室中隔の境界(AV junction)に存在する
  • 三尖弁中隔尖が膜性中隔を横切り、AV 部と IV 部に分ける
  • 大動脈弁 RCC–NCC の nadir の直下に位置する(Wilcox Fig. 6-6 / 6-7)
  • 前方は infundibular fold(真の中隔ではない)

特に Wilcox Figure 6-7 は、膜性中隔と刺激伝導系(His–左脚)の“1 mm の世界”を理解する上で最も重要な図です。


3.膜性中隔の発生学的理解|Wilcox Chapter 3 / 8

膜性中隔は、発生学的には 心房中隔 × 心室中隔 × 房室接合部(endocardial cushions)が合流する縫合部(fusion zone) です。

“The membranous septum represents the final region of closure between the atrioventricular canal and the ventricular septum.”(Wilcox Chapter 3)

この領域は完全に筋性では閉鎖されず、線維性構造として残存します(fibrous persistence)。

三尖弁中隔尖が膜性中隔を二分する理由

三尖弁中隔尖は endocardial cushion 由来で AV junction に沿って付着します。
この付着線(hinge line)が心房中隔+endocardial cushion+筋性心室中隔の交点に重なる結果、
膜性中隔が AV 部と IV 部に分かれる構造が発生学的に必然となります。

His 束が AV membranous septum を貫通する理由

刺激伝導系は、発生学的に“絶縁された唯一の通路”である膜性中隔を通過せざるを得ないためです。


4.膜性中隔VSD(perimembranous VSD)の病態|Wilcox Chapter 8

perimembranous VSD が最も多い理由

Wilcox は VSD を右室側の縁で分類し、最大グループが perimembranous VSD と述べています。
発生学的には、interventricular foramen の最後に閉鎖される部分=膜性中隔が閉じきらないことが主因です。

大動脈弁逸脱との関係

膜性中隔の室間部は RCC–NCC の nadir 直下に位置し、筋性支持が乏しい構造です。
このため perimembranous VSD が開くと:

  • RCC を後方から支える構造が消失する
  • 血流吸引+支持欠損により RCC が VSD 内へ落ち込む

→ 大動脈弁逸脱を生じる

Left bundle fascicle が 1 mm の距離にある危険性

Wilcox Figure 6-7 によれば、左脚上行枝(superior fascicle)は RCC の nadir の直下1 mm 以内を走行します。

このため:

  • VSD パッチ縫合
  • 大動脈弁置換(SAVR)
  • TAVI

すべてで伝導障害(LBBB・complete AV block)が起こり得る非常に危険な領域です。

Outlet(subarterial)VSD との決定的違い

Outlet VSD は infundibular sleeve に開口し、真の中隔ではありません。従って:

  • perimembranous VSD:伝導系が近い/大動脈弁逸脱が起きやすい
  • outlet VSD:筋性支持構造で伝導軸から遠い

5.膜性中隔の外科的ポイント(Doty Chapter 5)

posteroinferior rim(膜性中隔)に深い縫合を置くな

“The bundle of His penetrates the central fibrous body and passes posteriorly to the membranous septum.”(Doty Chapter 5, p.72)

→ この領域に深く針を入れると、完全房室ブロックの危険があります。

パッチ縫合は三尖弁輪寄り(右室側)に置く

“Sutures are placed close to the annulus of the tricuspid valve to protect the conduction system.”(Doty p.74)

→ 三尖弁輪寄りが安全ゾーン、左室側が危険ゾーンとなります。

三尖弁中隔尖の hinge を正しく理解する

中隔尖は膜性中隔を二分する構造です。 これを適切に挙上しないと、真の danger zone が見えません。

大動脈弁逸脱を伴う場合の対応

perimembranous VSD では RCC 支持構造が弱くなるため、 Doty はsubaortic rim の補強を推奨しています。


まとめ

膜性中隔は、心臓の発生・VSD の分類・大動脈弁病変・伝導障害・外科危険ゾーンがすべて交わる “心臓解剖のハブ”です。

Wilcox の立体解剖と Doty の外科手技を合わせて理解することで、膜性中隔周囲の病態と手術操作が一つの像として統合されます。

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